初めてのローンとクレジットカード所有 若い時は身の丈にあった買い物を心がけよう【債務整理を行うまで 01】

私が債務整理を行うまで

人生において、借金生活に陥った分岐点はまさに初めてクレジットカードを作った時だったと思う。いや、自分の名義で初めてローンを組んだ時だ。

大学進学によって知る社会格差

私の家はありふれた言葉で言えば、貧乏だった。父はアル中で私が高校3年生の時に両親は離婚し、3人兄弟だった私たち兄弟は全員母方についた。母は懸命に育ててくれたが、私を大学進学させるまでのお金は無かった。でも、どうしても私は東京の大学に行きたかった。当時、映画監督を夢見ていた私は、映画製作サークルがある大学に進学を夢見ていた。しかし、とてもそんなお金は家には無かった。

私は浪人をして、受験費用と多少の上京費用をため、後は奨学金を借りる事で東京の私大に進学が出来た。当時既に働いていた姉にもお金を借りた。1990年代前半の話である。

そこそこ有名な大学に入り、映画製作サークルにも入った。親からの仕送りは無いため、すぐにアルバイトも始めた。月に最低14万円は生活のために当時必要であった。1日7000円が必要な計算になる。時給の良いバイトを7時間、毎月20日間行えば大丈夫だと思ったし、実際に出来るだけ割の良いアルバイトをした。

憧れだった東京の学生生活は楽しかった。いや、楽しすぎた。ここで私はまず自分を見失っていた。期待して入った映画製作サークルの人間たちはほとんど地方出身者で一人暮らしをしていた。生活出来るだけの仕送りをもらっており、アルバイトは自分の遊ぶために行うという人間がほとんどだった。家電製品も進学の際に親にまとめて購入してもらっていた。

一方の私は、カーテンの無いアパートで、家電製品と言えば、浪人中に貯めたお金で買った中古の二槽式洗濯機と進学祝いで兄からもらった炊飯ジャーと電器ポット、実家から持ってきラジカセだけであった。冷蔵庫は当然無い。エアコンなんかも無いアパートだった。ただ、バス・トイレ付きという事だけは譲れず、大学から割りと遠いアパートを借りた。

アルバイトをしながらも、サークルの友人の家に行って遊ぶ楽しい毎日であったが、テレビも冷蔵庫も無い自分の見すぼらしさが惨めにも思えた。今にして思えば、これが格差社会を実感した最初の事だった。

そんなある日、大学の生協で家電製品フェアというものが行われた。学生ローンが組めるという事で、冷蔵庫・テレビ・ビデオデッキを購入した。学生にしては大きめの20型のテレビにした(当時の話です)。これで、自分も人並みの生活が出来ると思った。この時、自分の中で月の支払い金額は1日のバイト代以内にしておこう!と漠然とした管理意識はあった。約7000円の12回払いでローンを組んだ。そして、薦められるまま学生ローンの提携先であるオリコカード(信販系クレジットカード)も作った。

これがこれから起こる私自身の借金まみれの人生へのスタートだったと、この時は気づかなかった。

大学進学・就職で若くして一人暮らしを始める方へ

もし、実家が貧乏で私と同じような境遇の人がいるのなら、これだけは気をつけて欲しい。自分を見失わないで欲しい。東京という街に来て、周りが派手とは言わないまでも普通の生活を送っていると、自分が惨めに思えてきて見栄をはってしまう事がある。テレビも無い、冷蔵庫も無い生活はたしかに不便だ。しかし、ここで見栄をはって、今なら40型の液晶テレビを買うとかブルーレイレコーダーを買うとかは止めた方が良い。若くして芽生えた見栄は自分を気付かない内に金遣いを荒くさせていく。若い内はまず身の丈にあった生活にしておくべきだ。今はパソコンやスマフォも当然のものとなっているだろう。見栄をはってパソコンは、MacBook Airとか芸術系、ウェブ系でも無いのに分割で購入するような事は止めた方が良い。素直に安いASUSやDELL等のWindowsパソコンで充分だ。

もしくは今にして思えば、バイトをもっとしてお金を貯めてから買えば良かったと思う。他人と自分を比べる事が大人になっていく過程でどれだけ無意味な事か解っていくだろう。

そして、若くしての見栄は自制出来ない事が多くなる。女性の場合でも、周りがブランド物ばかり持っていたとしても、自分の身の丈にあった買い物だけにして欲しい。これは、債務整理までするようになった私の経験則だ。

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